大判例

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東京地方裁判所 昭和48年(行ウ)24号 判決

原告

有限会社小川ビル

右代表者

小川好子

右訴訟代理人

宇野峰雪

外一名

被告

東京都

右代表者知事

美濃部亮吉

右指定代理人

牧成美

外四名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告は原告に対し金二七、七七三、一〇〇円及びこれに対する昭和四九年六月二八日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一、請求原因

1  原告は、東京都公安委員会に対して、昭和四七年一二月四日遊技場(ぱちんこ)の、昭和四八年一月一二日遊技場(まあじやん)の各営業許可申請(以下本件許可申請という。)をなしたが、被告代表者東京都知事の所轄下にある右東京都公安委員会は、同年同月一九日、いずれも不許可処分(以下本件不許可処分という。)をなした。

本件不許可処分は次に述べるとおり、東京都公安委員会の過失に基づく違法な処分であり、原告はこれによつて損害を蒙つた。〈以下―略〉

理由

一原告が、東京都公安委員会に対して、遊技場(ぱちんこ及びまあじやん)の各営業につき本件許可申請をしたところ、これに対し同委員会が本件不許可処分をなしたことは当事者間に争いはない。

二そこで、本件不許可処分につき、その違法性の有無を判断する。

1  本件不許可処分は、本件申請場所が、風俗営業取締条例一四条二号後段の「その他善良の風俗保持上著しく支障がある場所」に該当することを理由としてなされたものであることは当事者間に争いがないところ、原告は本件不許可処分は右条例の適用にあたり事実を誤認したか、又は右条例の解釈を誤つたものであると主張する。

(一)  本件申請場所たる本件建物が日本住宅公団第二市街地住宅ビル(五階建)であつて、一、二階が営業用に、三、四、五階が住宅用として設計されたいわゆる下駄履住宅であり、建物一、二階は、原告代表者の夫である小川秀雄こと朴平遠(以下小川秀雄という)を代表者とするたから観光ホテル株式会社の所有であること、本件許可申請が本件建物の一階(営業面積329.208平方メートル、地階をぱちんこ玉磨きに使用)で三〇〇台の規模によるぱちんこ営業、二階(営業面積161.642平方メートル)で二〇卓の規模によるまあじやん営業を行なおうとするものであること、本件建物は原告肩書地に所在し、右場所は国鉄中央線豊田駅に近い商店街の中心地点で、豊田交叉点に位置し、都市計画法上の用途地域として商業地域に指定されていること、本件申請場所付近一帯に商店、飲食店、バー、スナツク、ぱちんこ店二軒及び周辺に多摩平団地、富士電機、東芝、富士通、小西六写真工業、日野自動車工業の各工場が存在することは当事者間に争いがない。

(二)  右争いのない事実と〈証拠〉を総合すると、次の事実を認定することができ、右認定に反する証拠はない。

(1) 本件申請場所は、甲州街道沿いに位置し、昭和三九年ころ建設された多摩平団地に隣接していて、本件申請場所の北側甲州街道沿いに商店街が存するが、右商店街はいずれも日本住宅公団で建設した貸店舗であつて、主として団地の住民の日常生活の上での必需品を販売している。そして、右地域は、都市計画法上は商業地域であるけれども、道路の両側が商店街となつているのみで、その裏は住宅地をなす商業地域としては極めて小規模なものであり、豊田駅を利用する前記工場の通勤者のなかには本件申請場所前の通りを通行する者もあるため、通勤時には通行人も少なくはないが、周辺の風俗営業としては、本件申請場所の約一〇〇メートル北側及び約四〇メートル南側にそれぞれぱちんこ店が、右甲州街道西側にまあじやん屋があり、また寿司屋、そば屋等の食堂はあるものの、いわゆる飲み屋はほとんどなく、一般の商店が閉店した後は、通行人も閑散となり、盛り場、繁華街とは異なつて比較的閑静な商店街である。

(2) 本件申請によれば、営業は本件建物の一、二階および地階の床全体を使用する大規模なものであつて、本件建物の南側の公団住宅専用階段通路、出入口は、二階へ通ずるための原告専用階段、出入口と一応別個ではあるが相隣接しており、北側の公団住宅専用階段通路、出入口も原告専用車庫と隣接している。又ぱちんこ店舗への出入口としては甲州街道沿いに二か所、前記専用車庫内に一か所存在し、二階まあじやん営業用店舗北側非常口は、三階以上の居住者の利用する階段に通じている構造となつている。

(三)  〈証拠〉を総合すると、たから観光ホテル株式会社は昭和四七年二月ころ本件建物の一、二階及び地下一階を買受けた後、原告が右会社から右場所を借受けて、前記のとおりぱちんこ及びまあじやん営業を行なおうとし、東京都公安委員会に対して右各営業について本件許可申請を行なつたところ、本件建物の三階以上に居住している三三世帯のうち三一世帯の住民が騒音、照明、違法駐車、火災、不法侵入等の理由から本件営業に反対したので、小川秀雄は居住者の同意を得るために、昭和四七年九月ころから六、七回居住者と協議をし、騒音に関しては、音楽は最小限の音量で営業する、玉磨き場は完全な防音装置をほどこす、自転車置場にオートバイを入れない、もし入れる必要がある場合にはビル内でのエンジンは停止させる、営業時間は開店午前一〇時、閉店午後一〇時とし、これを遵守する、火災予防、清掃につとめ、環境の美化をこころがける、将来問題が起きた場合全責任を負う旨の誓約書を右居住者に差出したが、誓約にかかる事項の履行及び実効を挙げ得る確たる保障がないとの理由で拒絶され結局右住民の同意が得られなかつたことが認められる。

ところで、騒音等の前記理由による居住者の反対は、ぱちんこ、まあじやん営業の一般的営業状況及び本件営業場所の前記状況に照らし、十分これを肯認し得るところ、証人小川秀雄(第一回)はこれに対する対策は講じ得るとの趣旨の証言をしている。すなわち、同証言によれば、一階のぱちんこ店舗の三か所の出入口は二重ドアを、階段部分は防音設備を施した壁を設置する予定であつたというのであるが、検証の結果に照して措信できず、最小限の音量で音楽を流すから騒音を生じないとの趣旨の証言も、冷暖房時期は別として、春、秋のドアを開放して営業する季節においては、機械音、人声等多くの騒音が漏れ、住民に与える影響も少なくなく、これによつては未だ騒音対策が十分であるとは到底解せられない。又、まあじやん営業申請場所北側非常口が居住者専用階段に直接通じている構造に関して、非常口は常に内側から鍵を掛けて非常の際しか利用しないとも証言するが、外部からまあじやん営業申請場所に通ずるには、右非常口が最短距離の便利な出入口であるから、通常の場合に全く利用しないとも解せられない。結局以上の証言はいずれも採用し難い。

他に居住者の前記反対理由に対して有効な対策を採り得ることを認めるに足りる証拠は存しない。

(四) 風俗営業取締法施行条例一四条二号によれば、東京都公安委員会は、営業の場所が、住居地域、公園、緑地地域その他善良の風俗保持上著しく支障があると認められる場所に該当するときは、許可をしてはならないと規定されている。

右規定の趣旨は、風俗営業について、営業場所の設置を営業主体の自由に委ねて放置していたのでは、騒音振動対策、防犯、防火、公衆衛生等の問題のほか、幼少年者に対しての風紀上の悪影響など生活環境に障害をもたらす虞れがあるので、善良な風俗に支障があると認められる場合は営業場所が住宅地域、公園、緑地地域に該らない場合でも許可を与えない、とするものと解すべきである。

しかるに、前記(一)ないし(三)の事実を要約再言すると、本件申請場所周辺は、都市計画法上の商業地域ではあるが、多摩平団地の居住者らの便利のために商店街として発展したところで、盛り場とは異つた閑静な商店街であるうえ、本件建物は、日本住宅公団の建設した三階以上が住宅部分のいわゆる下駄履住宅であるにも拘わらず、本件許可申請にかかるぱちんこ営業、まあじやん営業はいずれも床全体を使用する大規模のものであつて、しかも居住者用出入口と営業用出入口が相隣接しており、本件建物の二階(まあじやん営業申請場所)北側非常口が、居住者専用階段に直接通じている構造となつていること、本件建物の居住者のほぼ全員が、騒音、防犯、防火、照明等の理由で本件営業許可に反対し、同人らの同意を最後に至るまで得られなかつたのみならず、騒音、防犯、防火対策等の措置についても、実効を挙げうる確たる保障もなく、結局、本件建物の居住者の生活環境に及ぼす右のごとき事情による悪影響は少なくないというほかないことに帰するのであつて、これらの状況を総合判断すると、本件申請場所において本件許可申請にかかる営業が行なわれることは、本件条例一四条の「善良の風俗保持上著しく支障がある」場合に該ると認めるのを相当とするものというべきである。

2  原告は、本件不許可処分は平等原則に反する旨主張し、その理由とする事実のうち、本件申請場所の北方にぱちんこ店日野会館があることは当事者間に争いがない。

しかしながら、検証の結果によれば、右ぱちんこ店の裏には、多摩平第七公園があるけれども、同店は右公園と直接隣接しているわけではなく、他の建物及び道路を隔てて位置し、しかも同店は独立の店舗による営業であるのに対し、本件許可申請にかかる営業は、いわゆる下駄履ビル内での営業であつて、右の状況からすれば近隣住民に対する影響については、かなりの相違があるということができ、本件許可申請の前示の特殊性を考慮すれば、本件の許可処分と右ぱちんこ店の許可処分との間に平等の原則に反すると断ずべきほどの矛盾が存するとは認めることができない。

3  原告は、本件申請場所が本件条例一四条の不許可基準に該当する場合であつても、東京都公安委員会は、同条例一七条によつて条件等を付して許可をすべきであるのに、これをせずに直ちになした不許可処分は違法であると主張するけれども、同条例一七条の条件付許可処分をなすか否かは、東京都公安委員会の裁量に属すると解すべきところ、前示した本件営業の規模、周囲の環境、本件建物の有する用途目的の特殊性からすると、東京都公安委員会が条例一七条に基づく条件付許可を与えずに本件不許可処分をなしたことについては何ら裁量権の濫用ないし逸脱のかどはないといわざるをえない。

以上の次第であつて、東京都公安委員会のなした本件不許可処分には原告主張の違法が存しなく、本件不許可処分は適法というべきである。

三よつて、その余の主張について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(内藤正久 山下薫 飯村敏明)

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